東京高等裁判所 昭和34年(ネ)1151号 判決
三省薬品株式会社は昭和二十九年十月頃から債務超過のため支払が困難となり、同年十一月からは一部の債権者に対する支払を停止し、昭和三十年一月二十日頃には一般に支払を停止したこと、同会社と被控訴人とは従来同業者間の仲間取引として相互に薬品類の売買をして来たが、昭和二十九年十二月上旬頃には三省薬品株式会社の被控訴人に対する売掛代金債権額は金十六万三千九十六円に過ぎないのに対し被控訴人の同会社に対する売掛代金債権額は金百六十九万三千百六十五円と十倍以上に達し、同会社の著しい債務超過となつていたこと(この相互の債権額については当事者間に争がない。)、当時三省薬品株式会の有する積極財産の額は債権を含めて時価百万円に達しなかつたのに対し、被控訴人その他の債権者に対する債務の総額は約四千五百万円となり、被控訴人に対して右買掛金を完済する資力すらなく、その頃同会社が倒産に頻しているとの噂もあつたので、被控訴人より同会社に対し強硬に相互の債権債務の決済を督促した結果、同会社には、当時、支払うべき現金も、売渡すべき商品もなかつたので、窮余同会社において他から商品を買入れてこれを被控訴人に売渡し、その代金債権と被控訴人に対する債務とを相殺決済することにより被控訴人にその債権を回収させることとし、その目的で前記昭和二十九年十二月十八日の売買契約を締結したものであり、しかも右のとおり現実には売買の目的物たる別紙第一目録記載の物件は右会社に存在しなかつたのでその引渡も行われなかつたにもかかわらず、書面上は該商品を右会社から被控訴人に引渡し被控訴人のため右会社においてこれを保管しているという形式をとり、その預り証(甲第一号証)を被控訴人に交付したこと、このような方法は右両者間の従前の取引にはその例を見ない特殊の手段であつたこと、右契約に基き同会社はその後数回に他より取得した薬品類を被控訴人に売渡して現実に引渡したが、その内訳は別紙第二目録記載のとおりとなつたけれども、当初の約定が前記のとおりであるから、被控訴人においては代金の現実の支払はしなかつたこと、なお右会社と被控訴人とは従来頻繁に相互取引をしていたにもかかわらず右昭和二十九年十二月二十八日の約定以後は被控訴人より右会社に対する商品の売渡は行われていないこと等の事実を認めることができ、右認定を覆すことのできる証拠はない。なお右昭和二十九年十二月十八日の第一目録記載の薬品類に関する契約と、その後の第二目録記載の薬品類の売買契約との関係を検すれば、成立に争のない甲第三号証(被控訴人の買掛帳)中昭和二十九年十二月十八日の部に別紙第一目録に符合する記載のないこと及び前掲事情から見て、昭和二十九年十二月十八日の契約は、被控訴人の債権の回収を得させるため前記のような方法で将来売買契約をなすべきことを約した契約であり、右第二目録記載の売買契約は、かような売買契約をなすことが前記昭和二十九年十二月十八日の契約の履行に当るものということはできるけれども、単なるその履行のための事実行為に過ぎないものではなくてそれ自体独立の売買契約であり、同目録記載の物件の所有権はこの後の売買契約に基いて被控訴人に移転したものと認むべきである。また第二目録記載の物件は、内容において第一目録記載の物件と一部符合しない点があるけれども、前掲各証拠及びこれにより認められるこれら符合しない商品類も他の商品と同じ取扱で前記会社より被控訴人に売渡されたものであり、被控訴人において注文、代金の支払その他につき別段の措置を講じた跡のないことを参酌すれば、これら符合しない商品もまた他の商品と同様昭和二十九年十二月十八日の契約の趣旨に従いその契約の目的を実現する方法として被控訴人に売渡されたものと推認すべきである。以上の事実について見るに三省薬品株式会社が前記のように著しい債務超過に陥り債権者の一部に対しては既に支払を停止しているような状況に在るのにかかわらず、特定の債権者である被控訴人に対し相殺によりその債権の回収を得させるため他より商品を購入して被控訴人に売渡し代金債権を生じさせることを約した行為及び他より入手した同会社所有商品を右契約に基いて被控訴人の債権と代金債権とを相殺決済する目的で、代金との引換によらないで被控訴人に売渡し引渡した行為は、債権者の共同担保を損し、同会社の債権者を害する行為であり、前認定の各事情から考えて三省薬品株式会社において右行為が債権者を害することを知つていたことはもちろん、被控訴人においてもこれより他の債権者を害することを知つていたものと推認することができる。従つて昭和二十九年十二月十八日の前記契約及び別紙第二目録記載の物件につきなされた前記売買はいずれも破産管財人たる控訴人において破産財団のためこれを否認することができ、本訴においてこれを否認された結果、これらの契約に基く債権債務は最初から存在しないこととなり、被控訴人に売渡し引渡された第二目録記載の物件の所有権はその存在する限り当然破産財団に復帰したことになる。
(川喜多 小沢 位野木)